奥の細道(おくのほそ道:原文全文)松尾芭蕉 (元禄二年:1689)

松尾芭蕉の「奥の細道」(元禄二年:1689)(全文:よみがな付)を別ページに掲載しました。ページ上のメニューから見てください。掲載にあたっては、原文の旧仮名遣い・送りを尊重しています。また、読み違えの防止と、読解の補助ために、カッコ内にふりがなや固有名詞を入れてあります。段落前の文字色が違う表題と日付は、奥の細道の旅の過程を知る参考として掲載してあります。
現代語訳は敢えてしておりません。理由としては、多くの専門家の方々による解釈がありますので、その取捨選択により、誤った情報を提供することがあるからです。それよりも、素読して、自分なりの解釈により、奥の細道の世界を楽しんでいただきたいと思うからです。
ただ、奥の細道は、芭蕉の他の紀行文集と同じように、現在、私たちが読む紀行文とは違います。この短い散文と韻文(発句)による文章は、情景描写もなく、単に行程や事跡を記したような箇所もあり、読み飛ばせば、何も感じないということもあります。余白・空白だらけの文章とも言えますが、読み手の知識や感性により、その余白・空白を想像することで、イメージが無限に拡がることになります。一度素読しても分らないものも、何度か読むうちに見えてくることもあります。また、全ての文章が事実を記したものでもなく、芭蕉によるフィクションが含まれています。何が事実で、何がフィクションかは、研究者の方々の書いたものを読んで戴ければ分りますが、芭蕉が何故それを書いたのかを考えながら読むと興味深いと思います。

ここからは、個人的な感想ですが、学校で教えられた俳諧(俳句)の解釈が、正しいとは限らないと思います。今の多く出ている解説書も同様な傾向がありますが、芭蕉の俳諧(俳句)のキーワードである「侘び」「さび」の幽玄や余韻を重視するあまり、俳諧(俳句)の「軽味」(ユーモア・ペーソス)を鑑賞することが軽んじられることがあるようです。言い替えれば、芭蕉の蕉風俳諧は、それまでの談林俳諧の言葉遊びを排除していると思い過ぎるのではないでしょうか。真面目過ぎる鑑賞姿勢ですが、時として、芭蕉は肩すかししているような俳諧(俳句)を作りました。「そんなに堅くならずに、肩の力を抜いて、面白がることも大切。」と言っているようです。奥の細道は、芭蕉の目指した俳諧(俳句)の集大成であり、門人の手本となるものですが、俳諧(俳句)の世界を狭めたものではなく、もっと自由な姿勢で、自然や歴史・人間を謳い、俳諧(俳句)の多様なパターンを網羅して、文学世界を拡げた作品です。
日光の「あらたうと青葉若葉の日の光」の句は、葵徳川家と日光の威光を比喩していることは明らかですが、同じような言葉の遊びが、他の句でもあると思っています。例えば、出羽三山の句、「凉しさやほの三か月の羽黒山」は、「細い三日月眉毛のお歯黒(婚姻している女性)」の言葉遊び、「雲の峰幾つ崩て月の山」は『崩』の字に月の山が隠れていること、「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」は湯殿山の厳しい修験の行に密かに泣く意味と「湯殿」(浴槽)で着物の袂を濡らすこと」洒落てみたことなどです。また、有名な「荒海や佐渡によこたふ天河」は、織姫彦星の七夕の伝説を踏まえて、日本海の荒海は、佐渡に流刑された恋人・夫とを隔てる天の川のようだとも採れます。そうすると、この句は大自然の雄大さを歌っただけではないことになります。・・・まだまだありますが、こんな鑑賞は、不真面目で、深読みでしょうか?不真面目・深読みだとしても、あながち間違いとはいえません。なぜなら、奥の細道(=芭蕉の紀行文・俳諧)は、「余白・空白」を読み手に委ねた、謎だらけの世界でも稀な文学作品であるからです。
そんな風に、もう一度奥の細道を読んで、鑑賞してみてください。新たな発見があり、芭蕉がより身近に感じられるでしょう。あなただけの解釈が、本当は芭蕉が意図したものかもしれません。下に、奥の細道の全句を掲載しましたので、もう一度味わい、考えながら読んでみてください。どうですか、芭蕉が公儀隠密だなんていう、脇道の興味よりも、もっとあなたの知的好奇心はそそられませんか?

奥の細道の全句
草(くさ)の戸(と)も住(すみ)替(かは)る代(よ)ぞひなの家(いへ)
行(ゆ)春や鳥(とり)啼(なき)魚(うを)の目(め)は泪(なみだ)
あらたうと青葉(あをば)若葉(わかば)の日(ひ)の光(ひかり)
剃捨(そりすて)て黒髮山に衣更(ころもがへ)  曾良
暫時(しばらく)は滝(たき)にこもるや夏(げ)の初(はじめ)
かさねとは八重撫子(やへなでしこ)の名成(なる)べし  曾良
夏山(なつやま)に足駄(あしだ)を拝(をが)む首途(かどで)哉(かな)
竪横(たてよこ)の五尺にたらぬ草の庵(いほ)
むすぶもくやし雨なかりせば
木啄(きつゝき)も庵(いほ)はやぶらす夏木立(なつこだち)
野(の)を横(よこ)に馬(うま)引(ひ)きむけよほとゝぎす
田(た)一枚(いちまい)植(うゑ)て立(たち)去る柳(やなぎ)かな
卯(う)の花(はな)をかざしに関(せき)の晴着(はれぎ)哉(かな)  曾良
風流(ふうりう)の初(はじめ)やおくの田植(たうゑ)うた
世(よ)の人(ひと)の見付(みつけ)ぬ花や軒(のき)の栗(くり)
早苗(さなへ)とる手(て)もとや昔(むかし)しのぶ摺(ずり)
笈(おひ)も太刀(たち)も五月(さつき)にかざれ紙幟(かみのぼり)
笠島(かさじま)はいづこさ月のぬかり道(みち)
桜(さくら)より松(まつ)は二木(ふたき)を三月(みつき)ごし
あやめ草(ぐさ)足(あし)に結(むす)ばん草鞋(わらぢ)の緒(を)
松島(まつしま)や鶴(つる)に身(み)をかれほとゝぎす(時鳥) 曾良
夏草(なつくさ)や兵(つはもの)どもが夢(ゆめ)の跡(あと)
卯(う)の花(はな)に兼房(かねふさ)みゆる白毛(しらが)哉(かな) 曾良
五月雨(さみだれ)の降(ふり)のこしてや光堂(ひかりだう)
蚤虱(のみしらみ)馬(うま)の尿(しと)する枕(まくら)もと
凉(すゞ)しさを我(わが)宿(やど)にしてねまる也(なり)
這出(はひいで)よかひ屋(や)が下(した)の蟾(ひき)の声(こゑ)
眉(まゆ)掃(はき)を俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花(はな)
蚕飼(こがひ)する人(ひと)は古代(こだい)のすがた哉(かな) 曾良
閑(しづか)さや岩(いは)にしみ入(いる)蝉(せみ)の声(こゑ)
五月雨(さみだれ)をあつめて早(はや)し最上川(もがみがは)
有難(ありがた)や雪(ゆき)をかほらす南谷(みなみだに)
凉(すゞ)しさやほの三か月(みかづき)の羽黒山(はぐろやま)
雲(くも)の峰(みね)幾(いく)つ崩(くづれ)て月(つき)の山(やま)
語(かた)られぬ湯殿(ゆどの)にぬらす袂(たもと)かな
湯殿山(ゆどのやま)銭(ぜに)ふむ道(みち)の泪(なみだ)かな 曾良
あつみ山(やま)や吹浦(ふくうら)かけて夕(ゆふ)すゞみ
暑(あつ)き日(ひ)を海(うみ)にいれたり最上川(もがみがは)
象潟(きさがた)や雨(あめ)に西施(せいし)がねぶの花(はな)
汐越(しほこし)や鶴脛(つるはぎ)ぬれて海(うみ)涼(すゞ)し
象(きさ)がたや料理(れうり)何(なに)くふ神祭(かみまつり) 曾良
浪(なみ)こえぬ契(ちぎり)ありてやみさごの巣(す) 曾良
文月(ふみづき)や六日(むいか)も常(つね)の夜(よ)には似(に)ず
荒海(あらうみ)や佐渡(さど)によこ(横)たふ天河(あまのがは)
一家(ひとつや)に遊女(いうぢよ)もねたり萩(はぎ)と月(つき)
わせ(早稲)の香(か)や分入(わけいる)右(みぎ)は有磯海(ありそうみ)
塚(つか)も動(うご)け我泣声(わがなくこゑ)は秋の風
秋(あき)凉(すゞ)し手毎(てごと)にむけや瓜茄子(うりなすび)
あかあかと日(ひ)は難面(つれなく)もあき(秋)の風
しほらしき名(な)や小松(こまつ)吹(ふく)萩(はぎ)すゝき(薄)
むざんやな甲(かぶと)の下(した)のきりぎりす
石山(いしやま)の石より白し秋の風
山中(やまなか)や菊(きく)はたお(手折)らぬ湯の匂(にほひ)
行/\(ゆきゆき)てたふ(倒)れ伏(ふす)とも萩の原 曾良
今日(けふ)よりや書付(かきつけ)消(け)さん笠(かさ)の露
終宵(よもすがら)秋風(あきかぜ)聞(きく)やうら(裏)の山
庭(には)掃(はき)て出(いで)ばや寺(てら)に散(ちる)柳(やなぎ)
終宵(よもすがら)嵐に波をはこばせて
月をたれたる汐越(しほごし)の松 西行

物(もの)書(かき)て扇(あふぎ)引(ひき)さく余波(なごり)哉(かな)
月清し遊行(ゆぎやう)のもてる砂の上
名月や北国日和(ほくこくびより)定(さだめ)なき
寂しさや須磨(すま)にか(勝)ちたる浜の秋
波の間や小貝(こがひ)にまじる萩の塵(ちり)
蛤(はまぐり)のふた見(み)にわかれ行(ゆく)秋ぞ

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