フランケンシュタイン:ボリス・カーロフ

FRANKENSTEIN 1931 TRAILER

フランケンシュタイン:ボリス・カーロフ

映画フランケンシュタイン(Frankenstein:1931)は、1818年に出版された、イギリスの小説家、メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley:1797年8月30日 – 1851年2月1日)の小説「フランケンシュタイン:あるいは現代のプロメテウス』(Frankenstein: or The Modern Prometheus)を原作とするユニバーサルスタジオの作品です。プロメテウスはギリシャ神話に出てくる神で、人間に「火」(他に、数、建築、気象、文字)を与えたことから、小説の副題の意味は、フランケンシュタインは、火と同じほどの文明の力を人間に与えるものというものです。一般にフランケンシュタインが作り出したモンスターは、「人造人間」と言われていますが、正確ではありません。フランケンシュタインは、人間を創造したのではなく、死者に新たな生命を与えたので「人工生命」というべきものです。すると、この副題の意味が生きてきます。プロメテウスは、人間に火を与えたために、全能の神ゼウスの怒りをかい、不死の体を日夜責められることになりましたが、同じように、フランケンシュタインの知恵も神の怒りに触れるという暗喩です。フランケンシュタインをロボットや人工生命、遺伝子工学に変えれば、アイザック・アシモフなどのSF作品と同じテーマがあります。さすがに、詩人シェリーを前妻から奪った(関係ないですね)、世紀末の才女らしい、教養ある文学的な副題です。話が怪奇文学談義に逸れそうなので、メアリー・シェリーの人となりや、「フランケンシュタイン」を書くに至ったエピソードも面白いのですが、ここには書きません。で、何が言いたいかというと、「フランケンシュタイン」は、怪奇小説の傑作としてではなく、文学的にも優れているということです。メアリー・シェリーは、この1作で、それまでの貴族サロンの娯楽程度であったイギリス怪奇小説を、世界中に広めたといっても過言ではありません。これと比肩できるのは、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」だけです。片や「生命の尊厳」、片や「権力への執着と悪行」と考えると、単なる怪奇小説とは言えないテーマがあります。
映画創成期にも、この怪奇小説は注目され、1910年に映画化されました。チャールズ・オーグル扮するフランケンシュタインのモンスターは、ボロきれを纏ったような不気味な扮装ですが、映画が余りにも怖過ぎるということで(と、言っても100年前ですから、今見ると怖くありません。)、一部カットや上映禁止にした州もあるほどでした。その後、1915年に「Life Without Sole」(魂なき生命)という原作に基づく長編がつくられましたが、現存していません。
そして、映画が無声映画からトーキーに変わり、1931年に登場したのが、怪奇映画の伝説的な名優ボリス・カーロフがフランケンシュタインのモンスターに扮した映画フランケンシュタイン(Frankenstein)です。登場人物のキャラクター、ストーリー展開など、作品は一級のものでした。1930年代から40年代のユニバーサル映画のすべてのモンスターの特殊メイクを担当した、ジャック・ピアースは、ボリス・カーロフを、現在の私たちが思い描くモンスター像を作り上げました。ジャック・ピアースが、その後のメイクアップ・アーチストを志した人々に及ぼした影響は、図りしれません。特殊メイクの他にも、モノクロ映画の陰影に富んだ美しい画面を作り出した、カメラワークと照明。静かな恐怖を盛り上げる演出とカット割。リアリティある大道具・小道具など。今のCG合成などなくても、これだけのものが、80年も前に作られていたのです。当時の映画人、製作スタッフのレベルの高さを感じます。演出も見事です。フランケンシュタインのモンスターが無邪気に少女を湖に投げ込むシーンなどは、無知ゆえの悪ということを考えさせられます。最期の風車小屋が炎上するシーンは、丘の上の風車が、まるで、ゴルゴタの丘に立つ十字架のようです。この素晴らしい演出は、映画のテーマを象徴しているかのようです。
フランシス・コッポラ製作総指揮、ケネス・ブラナー監督、ロバート・デ・ニーロ主演の「メアリー・シェリーのフランケンシュタイン」(1995年)は、原作にきわめて忠実なのですが、それなら小説を読んだほうが、理解もイメージするものも大きくなります。原作の小説にもよりますが、映画は小説のテーマを抽出して、視覚・聴覚に訴える娯楽性を加味して、短い時間にまとめるものです。その根本に立ってみれば、映画としては、この1931年の「ドラキュラ」のほうが優れていると思います。同じことが、コッポラ製作・監督の「ブラム・ストーカーのドラキュラ」(1992年)にも言えます。コッポラ製作の「フランケンシュタイン」と「ドラキュラ」は、出演俳優の名演・怪演もあり、小説の映像化としては、素晴らかったのですが、それ以上のものを得られないという欠点がありました。
ユニバーサルスタジオは、フランケンシュタインを映画化するに際して、既にドラキュラ役でスターであったベラ・ルゴシを予定していましたが、ベラ・ルゴシが特殊メイクを嫌って辞退したために、それまで、脇役俳優であったボリス・カーロフを抜擢しました。彼の憂いのあるモンスターの演技は、「怖いのに、かわいそう」と観客におおいにうけて、興行的にも大成功しました。フランケンシュタインの大ヒットに気を良くしたユニバーサルサタジオは、続編を製作しました。ボリス・カーロフは、フランケンシュタインのシリーズに加えて、32年の「ミイラ再生」(The Mummy)(ハムナプトラ失われた砂漠の都はこのリメイク)などに主演し、ベラ・ルゴシを凌ぐユニバーサルサタジオの看板スターになりました。その後に、続いたのが、ロン・チャニー・Jrです。
何しろ、この頃のユニバーサルスタジオ作品は面白いです。「ドラキュラ」「フランケンシュタイン」「ミイラ男」「狼男」と伝説のモンスターが勢揃い。その上、モンスターたちが共演し、はては、アボット&コステロの凸凹コンビが共演と盛り沢山です。機会があれば是非ご覧になってください。
下の壁紙は、ボリス・カーロフのフランッケンシュタインのモンスターへのオマージュとして、製作したものです。

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メアリー・シェリーWikipedia
ボリス・カーロフWikipedia

0 thoughts on “フランケンシュタイン:ボリス・カーロフ Boris Karloff Frankenstein”

  1. 詩人のシェリーを前妻から奪った女。メアリー・シェリー。怪物フランケンシュタインを書いた女流作家。女性作家は怪奇ものが得意なのは理解できる。
    女性の本姓は怪奇な存在であるからだ。だから美を嫉妬し美に憧れるのだろう。
    そんなことを断定口調で語ると、女性蔑視と非難されるか・・・。

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