アンリ・ルソーの壁紙
私自身:肖像=風景(1890年)(プラハ国立美術館)
カーニバルの夜(1886年)(フィラデルフィア美術館)
眠るジプシー女(1897年)(ニューヨーク近代美術館)
蛇使いの女(1907年)(オルセー美術館)

アンリ・ルソー Henri Rousse

アンリ・ジュリアン・フェリックス・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau, 1844年5月21日 – 1910年9月2日)と絵画に関するの簡単な私見です。
一般に、アンリ・ルソーの絵画は、「素朴派」(ナイーヴ・アート:Naïve Art、パントル・ナイーフ:Peintre Naïf)という名称で分類されていますが、この言葉は嫌いです。それまで、美術評論家が見向きもしなかった絵画が、大衆に受け入れたことから、アカデミックでない教育を受けていない画家たちの絵画に対して、やや蔑視の気持ちをフランス語の「Naïve」(純真・素直・素朴・無邪気・飾り気がない)という言葉のオブラートに包んで分類したように思います。印象派も当初は、わけの分らないものと、クロード・モネの「印象・日の出」を酷評したうえで、当時のわけの分らない絵画はみんな「印象派」と分類しました。その点では、印象派のゴッホやゴーギャン、セザンヌも同じで、如何に美術評論というものが、怪しいもので、本当に美術を理解していた評論家が何人いたのかと疑問に思います。これは音楽評論や文芸評論も同じで、今でも当時とさほど変りはありません。そもそも、生前には評価されなかった画家は数えきれません。また、生前にはもてはやされて、今ではほとんど評価されていない画家もたくさんいます。言ってみれば、美術評論家も画商も経済活動としての商売ですから、自分の分る範囲で、絵画を評価し、分類しているにすぎません。そこで、絵画を鑑賞するためには、美術評論などは当てにせず、自分自身が何か心に感じることこそが大切なことになります。街の画廊で気になるものがあれば、それがその人の審美眼にかなった名画になりうるということです。
アンリ・ルソーも、生前には評価されない画家でした。当時アンリ・ルソーを評価したのは、詩人のアポリネール、画家のマリー・ローランサン、ゴーギャン、ピカソなど少数の芸術家のみでした。今から考えると、こんな有名な画家が評価したのに、なんで一般には評価されなかったの?と、疑問に思うかもしれませんが、当時のアポリネールは新進の詩人、マリー・ローランサン、ゴーギャン、ピカソもそれほど高い評価を得ていない時代であったからです。
今、アンリ・ルソーの絵画を見て、どのように感じますか?理屈は分らないけれど好きな人は、アポリネールやピカソと同じ審美眼を持っています。学校で素晴らしい絵だと教えられたからという人はいまひとつ。全然良くないという人は、独自の審美眼がある人です。
音楽や絵画は感性の芸術です。そのため、絵画では見る人の感性に訴える方法として、いろいろな技法や構図、配色などが研究されて発展しましたが、科学ではないので、理屈ではない側面があります。その代表的な例がアンリ・ルソーの絵画です。
アンリ・ルソーが、税関吏を辞めた40歳後半から、本格的に絵を描いたから、技法が未熟で、稚拙というのも、的を得ていません。事実、アンリ・ルソーは美術館に通い、多くの絵画を見ています。通常ならば、誰かの絵のように巧く描きたいと思い、その画家の絵を模写したりして、技量を上げようとするものですが、アンリ・ルソーは違いました。アカデミックな技法などは、自分の書きたいもののための参考にはならなかったので無視したのです。そして、自分の絵画を作り上げることに、役に立つものだけを吸収しました。後年のアンリ・ルソーは自分だけの内なる夢の世界を、絵画として具象化することにのみに専念し、それを妨げる要素は、遠近法であれ、自然を写すという具象の基本も、その他の絵画の約束事であれ無視したのです。ですから、「眠るジプシー女」を例に挙げれば、ライオンの顔が羊のようでも良いのです。このライオンは眠る女をけして襲わないからです。目を半分あけている黒人の女は、まるで涅槃図の釈迦のようです。月光に映し出された、この静寂で詩的な世界を成立するためには、険しい顔の写実的なライオンは必要ではなかったのです。そうして、完成したのが、神秘的、魔術的ともいえるアンリ・ルソーだけの詩的な絵画でした。アンリ・ルソーが若きピカソに「フランスで真に偉大な画家は二人だけ、エジプト風の絵を描く君と現代的な絵を描く私だ。」と言って、周囲の人たちは苦笑いしたというエピソードがありますが、実は、本当に的を得た言葉で、アンリ・ルソーが自覚していたか否かは分りませんが、あらゆる絵画の約束事を破っても、自分の感性のみを信じて絵を描くという、ピカソですら生涯追い求めた、純粋絵画への革新的な絵画製作を突然変異のように出現させた天才だったのです。それが分っていたからこそピカソは、アンリ・ルソーを生涯尊敬してやみませんでした。アンリ・ルソーの絵画が、20世紀の画家たちに与えた影響は計り知れません。

アンリ・ルソーWikipedia
Henri Rousseau:Wikipedia英文のWikipedia

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0 thoughts on “アンリ・ルソー Henri Rousse”

  1. お久しぶりです。
    音楽ばかりに目がいって、絵画の紹介があるとは知りませんでした。

    十数年前、諏訪のハーモ美術館で初めてルソーを観て、不思議な絵(果樹園)を描いたこの人が40才まで税関にお勤めしていたことに驚きました。人って思いがけない部分を秘めてるのですね。

    うま下手絵という人もいますが、安らぎを与える絵だと感じました。ハーモ美術館のこじんまりとして温かい雰囲気と窓からの諏訪湖のきれいな景色にも安らぎました。ルソー作品が収まるべき美術館だと思います。

    また、いろいろと教えてくださいね!

  2. magictrainさん、はじめまして!
    検索から来ました。

    クールなブログ。参考にしたいです。

    記事読みました。
    ルソー(または美術全般)に関して
    これだけ深く突っ込んでいる記事はあまり見ません。

    また、訪問させてもらいます。

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