Brian Eno – On Some Faraway Beach

ブライアン・イーノ(Brian Eno,1948年5月15日 – )のファーストアルバム「Here Come The Warm Jets : 1974」に収録されている「On Some Faraway Beach」です。「どこか遠い渚で」という意味です。何故か西行法師の「ねがわくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ」の和歌(これは辞世の句ではありません。西行法師に辞世の句はありません。念のため。)を連想します。歌詞を読むと、半生を和歌に捧げた西行法師の心情に通じるものがあり、親しみが湧きます。
この詩を訳してみましたが、意味は伝わりますが情感は失われてしまいます。この詩は、日本の短歌や俳句に近い言葉なので原詩を味わってください。

歌詞の意味は、「私は人生の終焉をこう迎えたい」というものですが、「死にたい」ということではなくて、最終節の「With Only One Memory A Single Syllable」で分るように、たった一つの音節でも誰かの思い出となればという、音楽家としての純粋な想いがあります。「Only One」「A Single」はこれを強調して見事な言葉遣いです。そして、この言葉を聴いてから歌詞をさかのぼると、第1節・2節がその純粋な想いを遂げた後は、おさなごのように無垢の気持ちを持って、潮が砂を磨くように流れ去ってもいいという、詩全体のメッセージが読み取れます。
「Here Come The Warm Jets」はブライアン・イーノがロキシーミュージック脱退後に発表した始めてのソロアルバムで、先鋭的なロックアルバムという印象が強いものですが、1974年の「Taking Tiger Mountain」、1975年の「Another Green World」へと続いてゆく言葉を超えたアンビエント・ミュージックへ傾倒してゆく心情がこの「On Some Faraway Beach」に込められていると思います。
「On Some Faraway Beach」での長いインストルメンタルの後で浮かび上がる歌詞は、とても叙情的ですが、観念的な詩でもあります。また、その詩の効果を引き立てているのは、その美しい旋律のインストルメンタルの部分でもあります。空間的、時間的な広がりを感じます。ブライアン・イーノの音楽家、詩人としての才能が発揮された名曲です。

「On Some Faraway Beach」はシングルカットには不向きで、派手でもなく、あまり注目されていない曲ですがブライアン・イーノの音楽を知るうえで重要な曲だと思っています。

On Some Faraway Beach:歌詞・訳詞

Given the Chance
I’ll Die Like a Baby
On Some Far Away Beach
When the Season’s Over.

叶うことなら
おさなごのように死にたい
どこか遠い渚で
季節が終わるとき

Unlikely
I’ll Be Remembered
As the Tide Brushes Sand in My Eyes
I’ll Drift Away.

ありはしない
わたしを忘れぬことなど
わたしの瞳の中で潮が砂を磨くように
わたしは流れ去るだろう

Cast Up On a Plateau
With Only One Memory
A Single Syllable
Oh Lie Low Lie Low.

台地の上に投げ出され
たったひとつの思い出とともに
ただ一つの音節の
あぁ 低く横たわり…

ブライアン・イーノWikipedia

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