Breakfast at Tiffany’s (1961) Opening

とてもオシャレでミステリアスなオープニング。ニューヨークの5thアベニューのティファニー本店で、ショーウィンドウを見ながらコーヒーとクロワッサンで朝食と摂るイブニングドレスの女性。この意外な設定がこれから始まる物語に対する興味を掻き立てます。

moon river

「MY FRIEND
There was once a very lovely, very frightened girl.
She lived alone except for a nameless cat.」
タイプライターに打ち込んだこの言葉が、ホリーに寄せるポールの気持ちを表しています。オードリー・ヘップバーンが演じるホリーが歌う「ムーン・リバー」は彼女の切なさと寂しさを際立たせています。歌の上手下手ではなくて、主人公の内面を描き出すための演技としての歌唱の素晴らしさがあります。

Final scene

これは映画史上に残るとてもロマンチックなエンディング。ずぶ濡れになりながら一生懸命に猫を探すホリーは自分が捨てかけた本当の幸せに気付きます。
自由奔放に生きたいと思っていた彼女が、自分が猫をどんなに愛しているかに気付いたときに、同じように自分が愛されていることに気付く。猫に名前を付けないのは、自分が束縛されたくないのと同じに、猫に対しても束縛したくないという考え方なのですが、愛という感情に対しては、そんな考えは何の意味も無いと悟ったことをこのエンディングは描いています。なんと見事な愛すべきプロットでしょう。

映画「ティファニーで朝食を」:Breakfast at Tiffany’s

「ティファニーで朝食を」はソフィスティケーテッドなパリ・コメディーで、フレッド・アステアと組んだ「パリの恋人」に始まるオードリー・ヘップバーンのファッション映画です。オードリーの初期の映画には、「ローマの休日」の逆シンデレラストーリーから「マイ・フェア・レディ」に至るまでのシンデレラ物と、洒落たファッション物、重厚な大作物の三つの傾向がありますが、「ティファニーで朝食を」はファッション物の代表作と言える作品です。従来はこうした微妙なニュアンスとユーモアを備えたラブコメはフランス映画が得意としていたので、パリ・コメディーと呼ばれていました。
トルーマン・カポーティの原作は、ニューヨークの社交界の寵児らしい斬新なアイディアに満ちた才気ある作品で、「冷血」にも通じる現代人のの内面性をテーマにしたものです。(もちろん「冷血」のように怖いものではありませんが。)小説を読むときは映画のイメージと先入観を切り離すことが大切です。
映画は原作小説の毒気を抜いて、適度に現代的な要素を採りいれることで、古典的なラブストーリーに輝きを与えています。そしてそれがこの映画に見事な効果を上げていて、アメリカ映画がパリ・コメディーを凌ぐロマンティックな映画を作れると証明した作品となりました。これはオードリー・ヘップバーンの魅力を引き出すための脚本で、彼女は充分に期待に応えた素晴らしい演技をしています。映画「ティファニーで朝食を」はヘップバーンのためのもので、他の女優主演では考えられない作品です。

ティファニーで朝食を:Wikipedia

0 thoughts on “映画「ティファニーで朝食を」:Breakfast at Tiffany’s (1961)”

  1. らいだぽよ さん

    コメントありがとうございます。
    「ティファニーで朝食を」のMoon Riverは主人公ホリーという女性の内面そのものを歌っていると思います。だからやっぱりオードリー・ヘップバーンです。
    この映画の中でもとても重要、そして一番好きなシーンです。
    「ティファニーで朝食を」のハイセンスな脚本と演出、そしてオードリー・ヘップバーンの魅力。何度見ても飽きない映画です。

  2. やはり Moon River は映画の中でオードリー・ヘップバーンが歌ってるのがいいです。
    どうもアンディ・ウィリアムスの歌はいまいち好きになれません。
    ティファニーで朝食を,はいい映画ですねぇ。
    確かにオードリーでないと,という気がします。

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