The Rolling Stones- Its Only Rock ‘N’ Roll


Mick Jagger + Tina Turner – It’s Only Rock’n’Roll 1988 Japan

「イッツ・オンリー・ロックンロール」(It’s Only Rock’n’Roll:1974)は、ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones:1962-)同名アルバムに収録された曲で、クレジットはミック・ジャガーとキース・リチャーズになっています。実際には作詞ミック・ジャガー、作曲はフェイセズのロン・ウッドの作品です。ロン・ウッドはこの後1976年3月に正式にメンバーとなりました。
ローリング・ストーンズに関しては、書籍やインターネットで多くの情報が入手できますので書きません。この記事はローリング・ストーンズ・ファンの1人の感想です。

20世紀半ばから現れたロックンロールは、ビル・ヘイりーとコメッツやジーン・ビンセント、バディ・ホリーからエルヴィス・プレスリーの時代から、一時的な熱病、ポピュラー音楽の中でも青少年向けの玩具程度の音楽と認識されていました。
ロックン・ロールのミュージシャンたちも若く、刹那的な若い感情と情熱の発露を音楽に求めました。初期のロックン・ロールが音楽としても単純で、歌詞の内容も恋愛を中心とした身近なテーマが多いのはこのためで、未成熟な音楽の分野でした。ロックン・ロールはブルースやカントリー・ミュージックなどの要素を取り入れながら音楽性が増し、ロックン・ロール世代と共にマーケットも成長しました。1960年代には次第に音楽の分野での地位も向上しましたが、それはポピュラー音楽の世界でも稀な才能を持っていた歌手であるエルヴィス・プレスリーや、ロックン・ロールの音楽性を格段に高めたビートルズなどの活躍に拠ります。しかしその時期においても、流行廃れの消費される音楽で、学校を卒業して、社会人になり、会社で働き、家庭を持てば、若い日の懐かしい思い出となる音楽でした。

ローリング・ストーンズはデビューして早くに人気を得ますが、この頃のインタビューでミック・ジャガーは、「これから何年バンドを続けてゆけるか分らない。」と語っています。これは重要な証言です。バンド・メンバーの不和や音楽性の行き詰まりなどと共に、ロックン・ロールは若者だけの音楽で、ミュージシャンもファンも若者であるという社会的な通念があったためです。ロックン・ロールのミュージシャンの多くが年齢と共に、音楽プロデューサーやマネージメントなどのスタッフに転向しました。
ローリング・ストーンズは、初期の成功を経た後に、1968年のアルバム「ベガーズ・バンケット」(Beggars Banquet)でリズム・アンド・ブルース色を強め、1969年の傑作アルバム「レット・イット・ブリード」(Let It Bleed)に発展させました。1971年には「ローリング・ストーンズ・レコード」を設立し、アルバム「スティッキー・フィンガーズ」(Sticky Fingers)をリリース、1972年にアルバム「メイン・ストリートのならず者」(Exile on Main St.)、1973年に「山羊の頭のスープ」(Goats Head Soup) をリリースしました。この時期にローリング・ストーンズの音楽スタイルは完成しました。しかし一方ではマンネリズムであるとの一部の批判的な意見もありました。
そしてローリング・ストーンズが出した答えが1974年の「イッツ・オンリー・ロックンロール」のアルバムです。答えはシンプルです。「It’s Only Rock’n’Roll but I like It.」(たかがロックン・ロール、でも好きなんだ。)これこそがローリング・ストーンズが今日まで活動を続けてこられた答えで、ロックン・ロールが世代を超えた人生のポリシーであり得ることを示した言葉です。この歌の「ロックン・ロール」は単なる音楽のジャンルを超えたロックン・ロールという生き方だとも言えます。


The Rolling Stones – 「悲しみのアンジー」Angie

ローリング・ストーンズ:Wikipedia
The Rolling Stones:Wikipedia
The Official site of the Rolling Stones

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