Comeback 68
[1/10] [2/10] [3/10] [4/10] [5/10] [6/10] [7/10] [8/10] [9/10] [10/10]

エルヴィス・プレスリー:Elvis Presley

エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley:1935年1月8日-1977年8月16日)の誕生日なので、彼の特集記事です。かと言ってエルヴィス・プレスリーに関する伝記や評論は数多くあるので、このブログらしく動画と歌と少しのコメントでこの二十世紀の偉大な歌手を紹介します。

エルヴィス・プレスリーは、別に「エルヴィス」、「ザ・キング・オブ・ロックンロール」、「ザ・キング」と称されました。「エルヴィス」はファンの彼への親しみを込めたものです。「ザ・キング・オブ・ロックンロール」は、初期の彼の歌唱スタイルがロックンロールという音楽スタイルの完成形であったことから称されたものです。その後、彼がロックンロールの歌手以上に、カントリーやゴスペル、バラード、広くポップス歌手としてもひとつの頂点であることが認識されて、ロックンロールの分野に限定せずに「ザ・キング」と称されました。
エルヴィス・プレスリーのデビューは、メンフィスのサン・レコードの「That’s All Right / Blue Moon Of Kentucky」で、テネシー州メンフィスのラジオ局「WHBQラジオ」(W Home of Barbe Queの略称、Barbe Queは豚肉を使うメンフィス・バーベキュー/Memphis barbecueのスタイルから。アメリカ南部スタイルのバーベキューのホーム・タウンのラジオ局ということだと思います。WHBQの通称が「豚」The Pigというのもバーベキューのスタイルからでしょう。)が放送してローカル・ヒットとなり、その評判がメンフィスからテネシー州へ、南部へと広がりました。当時、リズム・アンド・ブルースはリズム感に優れた黒人歌手にしか歌えないものでしたが、エルヴィス・プレスリーはこれを自分のものとして備えていました。また、歌唱だけでなく、ステージで腰を振る彼の振り付け・パフォーマンスが当時の倫理感からするとセンセーショナルで、PTAや宗教団体から激しい非難を浴びましたが、それに反して、第二次世界大戦への従軍を経て社会的な立場を強くした、若い世代の新しい倫理感とライフ・スタイルに合って、人気は更に高まりました。エルヴィス・プレスリーはこれらの戦後の世代の強い支持によって、彼らと共にありました。また、エルヴィス・プレスリーはテネシー州メンフィスを拠点とするアメリカ南部と、ラスヴェガス、ハワイなど、ニューヨークやワシントンなどの都会ではなく、広く地方各地で人気を得ていました。都会的な洗練よりも、よりアメリカ的な音楽だったと思います。そしてエルヴィス・プレスリーは彼らの求めるものを全て備えている、社会的や金銭的な「アメリカン・ドリーム」以上の「夢」でもありました。愛や人生、神への信仰を歌うエルヴィスは、彼らの代弁者であり、それを表現することができる歌手だったのです。
グレース・ランド(Graceland)の広大な邸宅や高級車ロールス・ロイス、プリシラ・プレスリー(Priscilla Beaulieu Presley)との結婚、ひとり娘リサ・マリー・プレスリー(Lisa Marie Presley)を愛するエルヴィスを祝福しても、妬むことがなかったのは、彼の偉大な才能を誰もが認めていたからです。また、彼の変らぬ純朴で、飾らぬ性格が愛されました。それが「ザ・キング」「エルヴィス」の愛称となった所以でもあります。
エルヴィス・プレスリーはけして強い人ではなく、歌手活動のプレッシャーや個人的な生活の悩みも持っていました。晩年の過食症などもその現われです。しかし体調が優れぬ時も彼はステージで観客のために歌いました。彼にとって、歌っている時が一番幸せな時だったのだと思います。歌手としての生活が彼の命を短くしたとも言えます。彼の早すぎる死は、ファンにとってはとても残念なことでしたが、エルヴィス・プレスリーにとって、彼と彼の歌を愛する人たちのために歌った、歌に捧げた人生は不幸なことでは無かったと思いたいのです。そんな気持ちを今も多くのファンの人たちが持っています。

1968年のアメリカ陸軍除隊、結婚後にコンサート活動を再開した「カムバック68」(Comeback 68)と、1973年1月12日の「アロハ・コンサート」(Aloha From Hawaii)でエルヴィス・プレスリーの歌を楽しんでください。「バーニング・ラブ」(Burning Love)などのエルヴィス・プレスリーの楽曲が、ディズニーのアニメーション映画「リロ・アンド・スティッチ」(Lilo & Stitch:2002)の挿入歌となったのは、日本にも衛星中継されたハワイ公演(チャリティ・ショー)とハワイを愛したエルヴィスへのオマージュと、エルヴィスを愛するハワイへの配慮だったと思います。


Elvis Presley – Always On My Mind

Maybe I didn’t treat you
Quite as good as I should have
Maybe I didn’t love you
Quite as often as I could have
Little things I should have said and done
I just never took the time

You were always on my mind
(You were always on my mind)
You were always on my mind

Maybe I didn’t hold you
All those lonely, lonely times
And I guess I never told you
I’m so happy that you’re mine
If I make you feel second best
Girl, I’m so sorry I was blind

You were always on my mind
(You were always on my mind)
You were always on my mind

Tell me, tell me that your sweet love hasn’t died
Give me, give me one more chance
To keep you satisfied, satisfied

Little things I should have said and done
I just never took the time
You were always on my mind
(You are always on my mind)
You were always on my mind
You were always on my mind

Maybe I didn’t treat you
Quite as good as I should have
Maybe I didn’t love you
Quite as often as I could have
Maybe I didn’t hold you
All those lonely, lonely times
And I guess I never told you
I’m so happy that you’re mine
Maybe I didn`t treat you…
Quite as good as I should have…


エルヴィス・プレスリーの壁紙
エルヴィス・プレスリーの壁紙はこちらからどうぞ。

エルヴィス・プレスリー:Wikipedia
Elvis Presley:Wikipedia
Elvis Presley Official Web Site

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です