Romeo and Juliet (1968) の主題歌「What Is A Youth?」について。
この歌はロミオとジュリエットの物語について、登場する道化が歌ったものであることを知ったうえで歌詞を鑑賞してください。歌の前半では情熱的な若者の誰にも止められない愛を、そして後半ではこの叶わぬ二人の愛への鎮魂歌としての二つの意味を持っています。
この道化の歌の意味を解釈すると「キューピッドは愛する者たちを結びつける天の使者、それがどうしてこの二人を死で別ったのだ。しかし愛に殉じたのその行状は語り伝えられだろう。」という物語の主題が浮かび上がります。

Nino Rota – Romeo And Juliet (1968) Theme

Romeo and Juliet (1968) – What Is A Youth (Music Video)

【What Is A Youth? 歌詞】

What is a youth?
Impetuous fire.
What is a maid?
Ice and desire.
The world wags on.
A rose will bloom
It then will fade
So does a youth.
So does the fairest maid.
Comes a time when one sweet smile
Has its season for a while…
Then love’s in love with me.

Some they think only to marry,
Others will tease and tarry,
Mine is the very best parry.
Cupid he rules us all.
Caper the cape, but sing me the song,
Death will come soon to hush us along.
Sweeter than honey and bitter as gall.
Love is a task and it never will pall.
Sweeter than honey…and bitter as gall
Cupid he rules us all………

A rose will bloom
It then will fade
So does a youth.
So does the fairest maid.

【意訳】

若者とは何?
燃え盛る炎
乙女とは何?
氷と欲望
世界は揺り動かされ
薔薇は咲き誇り
そしてそれは消えてゆく
それこそが若者の為すこと
それこそが最も美しい乙女の為すこと
時は来たりそして優しく微笑む
その季(とき)は暫しの猶予
そうして愛するひとは愛のうちに私とある

或る人たちは結婚だけを考え
ほかの人たちはからかいそして躊躇する
私のものなら最も良いのは受け流すこと
キューピッドのルールならそうだろう
ケープを纏ったおどけ者の私にさえ歌ってくれず
死は静かにすばやく私たちにやって来る
蜂蜜より甘くそして胆汁のように苦く
愛はひとつの務めそして決して棺で覆われるものではない
蜂蜜より甘くそして胆汁のように苦く
キューピッドのルールならそうだろう

薔薇は咲き誇り
そしてそれは消えてゆく
それこそが若者の為すこと
それこそが若者の為すこと

※「youth」に対する「maid」なので、youthは若さではなく若者のこと。若者と乙女で「ロミオとジュリエット=ロメオとジュリエット」(Romeo and Juliet)ということです。

この物語にも有名なセリフがあります。四大悲劇のような人生の深みを感じさせるものではなく、「恋」「愛」に関するものです。特に有名なのは、次の二つのセリフです。単純にして深い言葉は、さすがシェイクスピアならではの示唆に富んだセリフです。

JULIET. O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?
「おお、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」

ROMEO. Ah, dear Juliet, Why art thou yet so fair?
「ああ、ジュリエット、どうしてまだそんなに美しいのか?」

で、最初に戻って「What Is A Youth?」の歌詞は、ロミオの「燃え盛る炎」(情熱の恋)とジュリエットの「氷と欲望」(冷静な愛)いう言葉で、この二人の恋愛を言い現わしています。つまり何を言いたいというと、この原作であるシャークピアの物語と「What Is A Youth?」の歌は関連性はないという人に、そうではありませんよと言いたいわけです。

Romeo And Juliet

「ロミオとジュリエット=ロメオとジュリエット」(Romeo and Juliet)は、ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564-1616)の1595年の悲劇です。
シェイクスピアの悲劇と言えば、「ハムレット」、「マクベス」、「オセロ」、「リア王」の四大悲劇が有名で、人間の復讐心や欲望などによって、主人公や周囲の登場人物たちが引き起こす悲劇です。
これに対して「ロミオとジュリエット」は、14世紀のイタリアの都市ヴェローナで対立するモンタギュー家(House of Montague)とキャピュレット家(House of Capulet)という対立する「家」「一族」の環境での禁じられた愛の悲劇で、主人公のロミオとジュリエットの心理描写も、四大悲劇に比べて、それほど深いものでもありません。悲劇的な最期がなければ、「すれ違い」「運命のいたずら」の喜劇や笑劇にもなるものです。しかし、この物語が喜劇や笑劇にならなかったのは、シェイクスピアが生きていた中世社会の「家」「一族」がその構成員の運命を左右する強い力を持っていたからです。「家族制度」や「家柄」といった観念が薄れてきている現代では考えられぬほどのタブーがあったことを知らないと、「ロミオとジュリエットの悲劇を正しく理解できません。
この物語は、舞台がイタリアであっても、シェイクスピアが生きた当時のイギリスでも同様な社会通念があったものです。保守的な人にとっては若い恋人同士の愚かな行動が招く悲劇に思え、進歩的な若者にとっては純粋な愛で結ばれた恋人同士が直面した社会の厚い壁を感じるものでした。ただ、その壁が厚いからこそ、それを乗り越えようとした愛の強さは憧れでもあったのです。現在の私たちにとっても理解しやすい、この強い愛への憧れがこの物語の普遍的な魅力です。
シェイクスピアが、この物語を重厚な悲劇と描かなかったのは、こうした当時の因習を踏まえたからではないかと思います。登場人物たちの多くの卑俗的なセリフは、当時の社会通念に配慮したものだと思いますが、それが却ってロミオとジュリエット二人の愛の純粋さを際立たせることにもなりました。卑俗的なものと永遠的な純粋な愛の見事な対照です。

1968年のイギリスとイタリアの合作映画、監督フランコ・ゼフィレッリ、主演レナード・ホワイティング(Leonard Whiting:1950-)とオリヴィア・ハッセー(Olivia Hussey:1951-)の映画は、古典的な「ロミオとジュリエット」の物語を、新鮮な配役と演出が魅力的なシェイクスピア映画です。この映画でデビューした主演二人の瑞々しい演技がロミオとジュリエットの愛の純粋さを良く表現している傑作です。ニーノ・ロータの美しい音楽も印象的でした。

ロミオとジュリエット:Wikipedia
ロミオとジュリエット (1968年の映画):Wikipedia
Romeo and Juliet:Wikipedia
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青空文庫:ロミオとヂュリエット 坪内逍遙訳

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