The Ventures in Tokyo (1966) 抜粋
リード・ギタリストはノーキー・エドワーズ(Nokie Edwards:1935-)


JAPAN TOUR 1993
リード・ギタリストはジェリー・マギー(Gerry McGee:1937-)
【Part1】 【Part2】 【Part3】 【Part4】 【Part5】 【Part6】 【Part7】 【Part8】 【Part9】 【Part10】 【Part11】 【Part12】 

1959年に結成されたロック・バンドザ・ベンチャーズのライブです。1962年の来日公演以降、現在は年に2回来日公演しているザ・ベンチャーズはエレクトリックギターの魅力を日本に根付かせたバンドと言えます。1960年代半ばにロック音楽を目指した日本の若者たちは、多少の違いはあってもザ・ベンチャーズのスタイルを模倣することで技術を磨きました。芦原すなおの1990年の小説「青春デンデケデケデケ」に描かれた光景は四国・観音寺市だけではなく日本のどこにでもある光景となりました。この頃に初めて中学校や高校の学園祭でエレクトリック・バンドが演奏するようになりました。そうした若者が憧れたのがザ・ベンチャーズの使用していたモズライトのギターでした。モズライトギターでクロマティック・ランが出来れば学園祭のヒーローにもなれました。
私の場合は少し複雑な音楽の好みがあったので、流行としてのザ・ベンチャーズによるエレクトリック・インストゥルメンタル・バンドのブームには乗らなかったのですが、1965年7月のの日本公演(新宿厚生年金ホール)を観てファンのひとりになりました。この頃の観客は静かに席に座って音楽を鑑賞することが当たり前でしたので、受けた感動は電車に乗って家まで持ち帰りましたが、その夏はザ・ベンチャーズのレコードばかりを聴いていました。それから今まで夏が来るたびにザ・ベンチャーズを聴いています。きっと日本にはそうした人たちがたくさんいて、ザ・ベンチャーズもその期待に応えるために日本公演を続けてくれています。口が悪い人の中にはザ・ベンチャーズの日本公演を「出稼ぎ」と評した人もいましたが、そうした人はこのバンドの魅力を理解できなかった人たちだと思います。
ザ・ベンチャーズのアメリカでの人気の頂点は1960年代で、その後はナツメロ・バンドのような扱いでしたが、2006年になってようやく「Walk Don’t Run」(邦題:急がば廻れ)がグラミー賞の殿堂入り、2008年にロックの殿堂(The Rock and Roll Hall of Fame and Museum)入りの栄誉を受けました。これらの栄誉は遅きに失した感もありますが、ザ・ベンチャーズの偉大さを変らず認識していたの多くの日本のファンでもありました。

ジェリー・マギーのアコースティック・ギター演奏です。ジェリー・マギーといえばザ・モンキーズのスタジオ録音のギタリストであったことも有名です。

Acoustic Medley
【Part1】 【Part2】 


1994.July-22 The Ventures Acoustic
【Part1】 【Part2】 

ザ・ベンチャーズが作曲した歌謡曲は今でも色褪せない名曲ばかりです。この日本人の琴線に触れるメロディ・ラインは彼らの高い音楽性を現しています。


「二人の銀座」 (Ginza Lights) 和泉雅子・山内賢


「北国の青い空」奥村チヨwithザ・ベンチャーズ
「雨の御堂筋」欧陽菲菲withザ・ベンチャーズ
「京都の恋」渚 ゆうこwithザ・ベンチャーズ

ザ・ベンチャーズ:Wikipedia

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