熱い夏なので普段とは少し趣向を変えて日本の怪談に因んだ記事を書きます。

歌舞伎の「皿屋敷伝説」を元にしたものは、人形浄瑠璃として元文6年に豊竹座でされ、嘉永3年に中村座で初演された「播州皿屋敷」と大正時代に作られた岡本綺堂脚本の「番町皿屋敷」があります。「播州皿屋敷」は播州姫路を舞台にした国家老、浅山鉄山による御家横領を企むストーリーを主軸に、腰元お菊への横恋慕からの殺害、そしてお菊の幽霊に悩まされる浅山鉄山と、江戸歌舞伎に特徴的なピカレスク・ロマンと怪談を併せ持った作品です。「一枚、二枚…」とお菊が皿を数えるのはこの作品に由来しています。道頓堀の豊竹座で初演されたことでも分るように、関西に馴染み深い設定として、舞台を播州姫路としています。
本来の「皿屋敷伝説」は、江戸番町(今の千代田区番町の元は旗本の屋敷町)の旗本、青山主膳が南京絵皿を誤って割ってしまったお菊を責め、その結果お菊が井戸に投身自殺した事件で、江戸の街でその真相を巡って噂が広がり、ついには怪談話になったものです。番町を播州と変えるなど、地名や時代を巧みに変えることは歌舞伎の検閲対策で、「この物語はフィクションであり、実在する人名、地名とは関係ありません。」というメッセージでもありますが、同時代の江戸の住民ならば誰もが分るものでした。姫路城には「お菊井戸」が今でもありますが、大名の居城内の話としては無理があり、これは歌舞伎・落語から由来したもので、実際の事件や姫路城とは関わりはないものと思います。

「皿屋敷伝説」から作られた歌舞伎「播州皿屋敷」の旗本の恋情を拒まれた腰元への意趣返しのストーリーが、江戸の封建時代にあっても殺人の動機としては希薄であることなどから、江戸時代を舞台にした「半七捕物帳」や内外の怪談に詳しかった岡本綺堂が新たに脚本を書き、大正5年に本郷座で初演されたのが歌舞伎「番町皿屋敷」です。岡本綺堂自身が麹町に住んでいたことから、地元に伝わる怪談を元にした歌舞伎「播州皿屋敷」を江戸時代の規制が無くなった大正時代に本来の地名で書き直し、また怪談の地名からの払拭の意味もあったのかもしれません。因みに主人公、青山播磨の名前は「播州皿屋敷」を意識したものです。また、この作品は町奴・幡随院長兵衛と白柄組・水野十郎左衛門の対立を描いた「極付幡随長兵衛」(きわめつき ばんずいちょうべえ)のサイド・ストーリーにもなっています。また後に市川雷蔵主演で大映映画「手討:1963」として映画化されています。
この作品で岡本綺堂は登場人物たちに独自の性格や心理描写を付与することで、明確な人物像を作り上げました。極端な例えかもしれませんが、岡本綺堂はこの作品をウィリアム・シェークスピア流の悲劇的な恋愛劇としたことで近代性と普遍性を持たせたと思います。歌舞伎は形式的で古臭いという人にはこうした近代的な新歌舞伎もあることを知っておいて頂きたいと思います。
上の動画では、尾上辰之助の青山播磨の侍、男としての意地と恋心に揺れる心理の変化と、坂東玉三郎の演じる腰元お菊の猜疑心と恋心から自ら死を受け入れる精神性と色気の表現などが見所となります。


桂枝雀 『皿屋敷』(お菊の皿)

もうひとつ「皿屋敷伝説」を落語としたのが、江戸落語の「お菊の皿」、上方落語の「皿屋敷」です。歌舞伎「播州皿屋敷」の怪談部分を元にしたナンセンスなストーリーで、時流によっていろいろなくすぐりやギャグを入れたアレンジが可能な噺で、演者のセンスや技量によって出来不出来の差が大きく現れるものです。上方落語では土地柄馴染み深い姫路を舞台としています。
江戸時代からお金と時間が掛かる歌舞伎を見れない庶民は、仕事が終ると寄席に通い落語を楽しみましたが、人気があったのは歌舞伎や浄瑠璃などの芸能ネタと夏は怪談話でした。その意味で夏の人気演目となっている噺です。
桂枝雀による「皿屋敷」は怪談と笑いのほど良い落差、緊張の後にある笑いの加減を見極めた演出です。

青空文庫:岡本綺堂「番町皿屋敷」
岡本綺堂:Wikipedia

2 thoughts on “岡本綺堂:歌舞伎「番町皿屋敷」”

  1. mayumayuさん
    うれしいコメントありがとうございます。

    市川團十郎さんは歌舞伎最大の名跡として歌舞伎十八番や昨今上演されることがなかった過去の名作の復活などに尽力されていますね。海老蔵時代は人気が先行していた感もありますが、今は後世にも誇れる名優になったと思います。(少しやんちゃな子息もそうあってほしいです。)
    尾上辰之助さんと坂東玉三郎さんのこの舞台は観劇しましたが名演だった思います。人間ってその場にいながらそれが名演だと気付き難いものですが、この舞台は俳優同士の掛け合いの濃密さは瞬きするのが惜しまれる思いがしました。
    TVの舞台中継は映像に変化を付けるために映画的にアップなどを行いますが、掛け合いの緊張感や相手方の微妙な所作などが味わえません。舞台演出家は客席から観て最高と思われる演出をするものなので、その点ではTVや映画と舞台の違いを分っていない人が増えたのかもしれません。
    明治の落語の名人、三遊亭圓朝は「真景累ヶ淵」で昨今は幽霊や怪異なことをみな神経病(真景はこのもじり)がなせることにしていると語りました。確かに人間の情念のが今は怖いのかもしれません。岡本綺堂はこの辺のところを良く分っていて、「皿屋敷伝説」を新しい観点で、切なく悲しくそして怖い物語に仕上げました。
    大正から昭和初期までの間、谷崎潤一郎、長谷川伸、山本有三など多くの文士たちが衰退しつつあった歌舞伎を復興するため新歌舞伎の脚本を書きましたが、岡本綺堂の作品は現代にも残ったものが多いと思います。
    桂枝雀さんも一時は消滅しかけた昭和の上方落語の復興を担った立役者でした。枯れて熟成した落語も聴いてみたかったと惜しまれます。

  2. 尾上辰之助に反応しました~~
    40年も前、田舎出身の私を大学の同級生がちょくちょく国立劇場に誘ってくれました。初めて現・團十郎(当時は海老蔵)を見て大好きになりました。友人は『口跡がよくないのよ』とけちょんけちょんでしたが、立ち姿や所作の綺麗なことにすっかり魅了されました。今思うと、既にお父様を亡くして、ひたすら努力の日々だったのですね。感慨深いです。
    で、辰之助さんも松緑譲りの演技派で、おまけに不思議な色気がありました。懐かしいです。若くして亡くなられたのが惜しいですよね。演目は忘れましたが、新派の公演にも出ていたような・・・
    従兄弟同士だと知ったのは後のことでしたが、年を重ねるにつれ、團十郎と松緑の横顔が似ているのはやはり血縁だからですね。
    このお話は、切ないです。愛は試してはいけないけれど、男女の愛は「底なし沼」でもあるのです。若い時には、ひとつを我がものにすると、次が欲しくなる。「今」に慣れ親しむと、更にもっと・・・若者の恋はそうなのです。誰でもが思い当たる過去の出来事。結局貪り尽くさずにはいられない・・・ですよね。皿を一枚、二枚と刀の鍔で割っていく男の情念が凄まじく、辰之助の演技に唸ってしまいました。清潔感溢れる役者さんですね。(カメラも変にアップをしないので気持ちよく鑑賞できました。最近の舞台中継は、カメラの性能がいいのか、はたまた演出なのか、アップが多くて、逆に興を削がれで、見たくなくなるのです。我儘なワタシですが・・・)
    もうひとつの、枝雀さん!大好きで、時々YTで見ています。久しぶりに笑って元気になれました。ご紹介をありがとうございます。
    彼の芸には言うことなし・・・もっと味わいたかったです、本当に。

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