「庭の千草」 Deanna Durbin – The Last Rose of Summer 78 RPM – (1939)

‘Tis the last rose of summer,
Left blooming alone;
All her lovely companions
Are faded and gone;
No flower of her kindred,
No rosebud is nigh,
To reflect back her blushes,
Or give sigh for sigh.

I’ll not leave thee, thou lone one,
To pine on the stem;
Since the lovely are sleeping,
Go sleep thou with them.
Thus kindly I scatter
Thy leaves o’er the bed
Where thy mates of the garden
Lie scentless and dead.

So soon may I follow,
When friendships decay,
And from Love’s shining circle
The gems drop away!
When true hearts lie withered,
And fond ones are flown,
Oh! Who would inhabit
This bleak world alone?.

(意訳) (古文調で)

夏の終いの薔薇
尚独り咲くや
愛おしき輩(ともがら)みな
萎え逝きしに
かの種の花なく
薔薇の蕾なく
赤らみし過ぎ日に想い馳せるか
あるいは、思慕に嘆息するか

我汝を残し独りにはせじ
茎にありて希う
愛おしきもの眠るまで
汝眠れ彼らとともに
かように優しく我は撒く
汝の葉ふしどを覆う
庭の汝の友ら
香りなく死に横たわるところ

暫しにて我追い逝かん
輩(ともがら)ら朽ち
愛の輝く輪より去り
宝石落ち消えるとき!
誰ぞ在らん
この荒涼たる世に独り

日本の唱歌「庭の千草」 歌詞

庭の千草も、虫の音も
枯れて寂しくなりにけり
ああ白菊、ああ白菊
一人遅れて咲きにけり

露もたわむや、菊の花
霜におごるや、菊の花
ああ、あわれあわれ、ああ、白菊
人のみさおも、かくてこそ

アンネ・フランク(Anne Frank:1929-1945)が自分の机に写真を飾っていたディアナ・ダービンのアイルランド民謡「The Last Rose of Summer」です。(原詩の古語にあわせて古文調で意訳しました)
「The Last Rose of Summer」は日本では明治17年刊行の音楽教科書「小学唱歌第3編」の「庭の千草」として親しまれています。夏は1年で一番輝かしい季節、その季節に庭で咲き誇ったバラの花も終には枯れ落ちてゆく、その栄枯盛衰の無常観は日本人の感性に合って親しみ易いものです。あるいは日本人が持っていた世の無常観にあった歌が小学唱歌として選定され、その情緒が次第に近代の日本人の感性として根付いていったのかもしれません。
それはともかく、この悲しい歌詞の歌は毎年8月になると思い出す歌のひとつです。戦争体験のない私たちは子供の頃からその悲惨さを学びました。そこから受けたある種の感銘がこの歌の原曲にあるからだと思います。

第二次世界大戦の戦死者数は全世界で4000万人から5000万人の間と推定されていいます。その大半が非戦闘員・一般人でした。死者数がこれほど不確かなのは、戸籍簿さえもが失われたため実数の確認が困難なことや、国によって公表数の信憑性に欠けることにあります。また、これほど多くの被害者が出たのは、大量殺戮兵器が一般市民に向けて使用されたこと、組織的な殺戮が行われたためです。また人間は征服欲や復讐心によって人を殺し、そこに快感すら覚えます。肉食動物ですら生存に必要なときだけ獲物を殺すのに、人間は必要以上の殺戮を行います。そしてそこに理屈を付けることで自己を正当化します。人間の知恵は生活を豊かにし、繁栄をもたらしましたが、その反面で負の行動を正当化する手段にも使われます。第二次世界大戦における無抵抗な一般市民に対する殺戮も同様です。殺戮のための理屈を考え、一方で個人的な責任を回避することで、戦勝国、敗戦国を問わず、戦争のあらゆる局面で正当化されました。しかしどの様な理屈を付けたにせよ非人道的な行為が許されるものでないことは明らかです。ナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺も、日本による中国空襲も、アメリカによる日本、ドイツへの無差別空襲も、広島・長崎への原子爆弾投下も、その時点では正当な理屈が付けられていました。その理屈によって加害者たちはその行為を正当化し、命令という理由によって自己の責任を回避しました。適当な理由による作戦の立案、命令から実行まであらゆる段階でこの責任回避行動がありました。
戦争は国民を巻き込んだ国家のヒステリックな感情の爆発です。学校の集団いじめの心理に通じるものがありますが、戦争ではその強大な負の集団行為の流れ中で個人の力は無力に等しいものになり、被害者にも加害者にもなり得ます。それでも真の理性を持った人が数多くいれば、自分や親族、友人たちが被害者にも加害者なることなく、その流れを変え、止めることができます。それが「戦争を学ぶ」ことだと思います。クラウゼヴィッツの「戦争論」や孫氏の兵法を学ぶことが「戦争を学ぶ」ことではないと思います。
無知蒙昧(むちもうまい: unenlightened)という言葉があります。意味は「知識・知恵がなく、物事の道理がわからないこと」ですが、道理がない知識・知恵が横行する世界が訪れたとき、単なる同調者にならないためにこそ、人の真の理性が必要になるのですから、人は正しい生き方を学び無知蒙昧であってはいけません。「The Last Rose of Summer」の歌にある、この世界が荒涼として住むべき価値のない所としないためにも。

1942年から1945年までにヨーロッパ中で、 600万人のユダヤ人が、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによる意図的な政策「最終解決」によって殺されました。特にポーランドに居住していた人たちが大半を占めましたが、アンネ・フランクたちが1942年から1944年まで隠れていたオランダも例外とはなりませんでした。15歳で命を落としたこのごく普通の、ハリウッド・スターに憧れる、多感でどこにでもいる罪の無い少女に起きたことは、何千万人といた戦争被害者の中のたったひとつの物語にすぎません。それでもこの重みによって、学生時代に読んで以来この日記を再読でない「夏休みの課題図書」になっています。


Anne Frank: The Whole Story
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アンネ・フランク:Wikipedia

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