スリー・ディグリーズ The Three Degrees- -When will see you again (1974)

【When will I see you again? 歌詞】

Precious moments

When will I see you again?
When will we share precious moments?
Will I have to wait forever?
Will I have to suffer and cry the whole night through?

When will I see you again?
When will our hearts beat together?
Are we in love or just friends?
Is this my beginning or is this the end?

When will I see you again?
When will I see you again?
When will I see you again?

Precious moments

Are we in love or just friends?
Is this my beginning or is this the end?

When will I see you again?
When will I see you again?
When will I see you again?

【意訳】

かけがえのないこのひと時

私は何時またあなたに会えますか?
私たちは何時このかけがえのないこのひと時を共に過ごせますか?
私は何時までも待たなければいけませんか?
私は苦しさに泣く夜を過ごさねばいけませんか?

私は何時またあなたに会えますか?
何時私たちの心の鼓動は一緒になりますか?
私たちは恋をしているの、それともただの友達?
これは私にとっての始まり、それとも終わり?

私は何時またあなたに会えますか?
私は何時またあなたに会えますか?
私は何時またあなたに会えますか?

私たちは恋をしているの、それともただの友達?
これは私にとっての始まり、それとも終わり?

私は何時またあなたに会えますか?
私は何時またあなたに会えますか?
私は何時またあなたに会えますか?

スリー・ディグリーズ(The Three Degrees)の1974年に全米チャートNo.1ヒットとなった「天使のささやき」(When will I see you again)です。
邦題の「天使のささやき」は当時の日本レコード大賞を受賞した黛ジュンさんの「天使の誘惑」(1968)あたりのヒットにあやかったものではないかと思います。スリー・ディグリーズのアルバムも「フィラデルフィアのセクシー・エンジェル荒野のならず者/天使のささやき」という邦題でしたので、曲調からセクシーなエンジェルたちのささやきを連想しても不思議ではありませんでした。また「Dirty Ol’ Man」の邦題に「荒野のならず者」と付けたのはウェスタン映画「荒野の七人」やそれに続いたマカロニ・ウェスタンのブームに便乗したものでした。そういえば「荒野のならず者」のシングル・レコードには「フィラデルフィア・ソウルのセクシー・ダイナマイト」の謳い文句がありましたが、スリー・ディグリーズの売り込み路線を端的に現して絶妙でした。
「天使のささやき」は「何時またあなたにお会いできるの?」と甘く歌うラブ・バラードです。作者はフィラデルフィア・ソウルの立役者でフィラデルフィア・インターナショナル・レコード(Philadelphia International)を創設したギャンブルとハフ(Kenny Gamble and Leon Huff)です。訳にあたっては男性も歌うことを考えて、敢えて女性の言葉遣いにはしませんでした(細やかな抵抗?)。こんな言葉を言われたら男性はノックアウトされてしまいそうですから。このソフトで洒落た雰囲気こそ、スリー・ディグリーズが目指した音楽の到達点といえる傑作でした。

スリー・ディグリーズのグループ名は英語のことわざ「Man, woman, and devil, are the three degrees of comparison.」(男、女、そして悪魔、は比較の三段階。」つまり女性は悪魔に近いという意味で、スリー・ディグリーズが小悪魔的なイメージで出発したことを示しています(一般論ですが)。ステージを観ると興奮して体温が3度上がるからと言ったファンもいましたが、まあ、そうではないでしょう。フィラデルフィア・ソウルは従来のソウルを都会的にソフィスティケイト(sophisticate)して、広くファン層を拡大したもののですが、このサウンドにスリー・ディグリーズのラグジュアリー(luxury)でセクシーなスタイルがよく合ったことから、当時シカゴで1970年から放送された音楽番組ソウル・トレイン(Soul Train)が牽引した1970年代のディスコ・ブームの最初の音楽スタイルとなりました。スリー・ディグリーズが歌った「ソウル・トレインのテーマ」(TSOP/The Sound Of Philadelphia:1974)を聴けばビー・ジーズの「サタデイ・ナイト・フィーバー」まで続く70年代ディスコ・サウンドの典型が分ります。

よくスリー・ディグリーズはアメリカよりも日本のほうが人気があったと言われていますが、決してそうではありません。イギリス、ヨーロッパでも同じように人気があります。アメリカ本国では1970年のシングル「Maybe」から次第に人気が高まり、1974年の「ソウル・トレインのテーマ」と「天使のささやき」でピークになりました。これらのヒットによって来日公演が実現しました。「荒野のならず者」のシングルが日本で発売されたのも1974年になってからでした。日本での人気を決定付けたのも来日公演以降です。スリー・ディグリーズの歌唱スタイルはその後の日本の女性アイドル・グループに踏襲されました。またスリー・ディグリーズが親日的であったことも日本で人気を保っている要因です。そのため日本のほうがアメリカよりも人気があると贔屓目で見てしまうのかもしれません。

スリー・ディグリーズの魅力は美脚。…ではなくてフィラデルフィア・ソウルの叙情性が日本人の感性にも合っていたのだと思います。そしてその歌唱の中心となったのがシェーラー・ファーガソン(Sheila Ferguson:1947-)です。シェーラー・ファーガソンはメンバー交代が多いグループにあって1966年から1986年在籍し、スリー・ディグリーズの黄金時代のリード・ボーカルとなりました。彼女の歌唱力と魅力がスリー・ディグリーズの人気を支えたことは確かだと思います。彼女は1986年に独立し、以降、ソロ歌手、女優として活躍しています。やはりFayette Pinkney、Valerie Holiday、Sheila Fergusonがスリー・ディグリーズのベスト・メンバーだと思っています。

Three Degrees – 「ソウル・トレインのテーマ」The Sound Of Philadelphia (1974)

The Three Degrees – Love Train

The Three Degrees – 「荒野のならず者」Dirty Ol’ Man (Live at ZDF《第2ドイツテレビ》-1976) (1973)

Three Degrees – Take Good Care Of Yourself (1975)

Three Degrees – A Toast Of Love (1976)

The Three Degrees – If my friends could see me now (1979)

The Three Degrees:Wikipedia
フィラデルフィア・ソウル:Wikipedia

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