西脇順三郎  (詩集『近代の寓話』より)


潅木について語りたいと思うが
キノコの生えた丸太に腰かけて
考えてる間に
麦の穂や薔薇や菫を入れた
籠にはもう林檎や栗を入れなければならない
生垣をめぐらす人々は自分の庭で
神酒を入れるヒョウタンを磨き始めた


タイフーンの吹いている朝
近所の店へ行って
あの黄色い外国製の鉛筆を買った
扇のように軽い鉛筆だ
あのやわらかい木
けずった木屑を燃やすと
バラモンのにおいがする
門をとじて思うのだ
明朝はもう秋だ

たまには詩の話を書きます。
季節が秋めいてくると思い出す西脇順三郎の詩集「近代の寓話」にある「秋」という詩です。
西脇順三郎の詩には倫理や教訓、人生観や感情などは書かれていません。西脇順三郎の詩が私たち読者に提供しているのはイメージです。読者はこのイメージによってひと時、既存の社会的な思考から開放された精神の自由を楽しめば良いのです。西脇順三郎は「Ambaruvalia」のシュルレアリスム的、ギリシャ的抒情詩から「旅人かえらず」の日本的幽玄、俳諧的抒情詩に作風を変え、「近代の寓話」でその両者が融合した独自の詩的世界を描きました。西脇順三郎の詩には私たちが無意識に感じているイメージが言葉に凝縮されています。これが日頃、現実的な思考を強いられる現代人にとっては、心を現実の呪縛から解き放つ効能があります。

以下は「秋」の詩を楽しむ私的で勝手な鑑賞、徒然なるがままに書いた雑文です。


先ず「潅木」(低木)のイメージが提示されます。潅木は草木の成長が盛んな夏には目立たない存在なのですが、大きな木が葉を落とし、野の草が枯れ始めると目立つようになります。このイメージで季節が秋に変ることを暗示し、次に「キノコの生えた丸太」で秋のイメージがより明確になり、「腰かけて考えてる」物思う季節のイメージを提示しています。この後、植物の変化を列挙しながら、収穫と豊穣のイメージを暗示し、平安な日々を思わせる「生垣(最初の潅木を連想させる)をめぐらす人々は自分の庭」で、神への感謝を祝う(収穫祭)の準備にいそしむ姿を描きます。「ヒョウタンを磨く」ということも秋のイメージですが、あえてカタカナで書くことで「軽み」があります。瓢箪は別名では「葫蘆」(ころ)、「ひさご」とも言います。深読みすればこの言葉から元禄3年(1690年)に刊行された俳諧七部集の一つ「ひさご」を思い浮かべることを意図しているのかもしれません。西脇順三郎は俳句的な詩も書いているので、あながち無いとは言えません。詩Ⅰについては牧歌的でもあり、東洋的なイメージで秋の様相を描いています。


「タイフーンの吹いている朝」に言葉で、夏から秋へと移る劇的な変化を暗示しています。次の「黄色い外国製の鉛筆」とはオランダ BRUYNZEEL(ブランジール)のイエローカラーのスタンダード鉛筆でしょうか?秋の色彩が提示されています。「扇のように軽い鉛筆だ、あのやわらかい木」も乾燥した木材、枯れた木のイメージです。鉛筆に季節感を見い出すのはやはり詩人の感覚です。「けずった木屑を燃やすと、バラモン(インドのカースト制度の頂点に位置するバラモン教やヒンドゥー教の司祭階級の総称)のにおいがする」からは秋の焚き火の匂いを思い起こさせます。また、バラモンという言葉からは御香などの宗教的な匂いさえ連想させます。また語感からはバラやシナモンを思い浮かべる人があるかもしれません。いずれにしても心地よい香りのイメージです。Ⅱでは「タイフーン」や「外国製の鉛筆」「バラモン」という西洋を思わせる言葉遣いで、「秋」の空間的なイメージを拡げています。そして最後に「門をとじて思うのだ、明朝はもう秋だ」の言葉で前述の秋の訪れの予感が明確であることの実感を書いています。蛇足ですが、ここを「目を閉じて」などと下手に感傷的にしては詩が台無しになります。ここは自分を含めて、人の営みの周りで季節が移り変わる自然の摂理を表現することに意味があります。

ざっと、この詩にあるイメージを書いてみましたが、私たちが秋の訪れを感じる要素が込められています。植物や人の営みの移り変わり、空や風向きの変わり、目や耳や鼻など五感に残る季節感を貴方はこの詩からイメージするでしょうか?個人的には詩Ⅱが秋の感覚とイメージに合っています。
毎年、台風が過ぎ去った翌日の澄んだ青空を見上げるとこの詩を思い出します。

「秋」の詩を読むBGMにはこんな曲。


Antonio Vivaldi: Concerto for 2 oboes, 2 clarinets in C major (RV 560) – II. Adagio III. (Allegro)


マドレデウス:Madredeus – Guitarra (Official Video)

西脇順三郎:Wikipedia

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